vol.6「上海」





上海




7月1日


浦東国際空港からモノレールと地下鉄を乗り継いで、南京東路駅で降りる。
ソウルと違って蒸し暑く汗だくになった。予約をしていた宿には歩いて10分程度で辿り着いた。
案内された部屋は窓も冷房も扇風機もない。室内の通気も陽当たりも悪い。蒸し暑くて最悪。
6畳間程のスペースに2段ベットが2台、ルームメイトは地方出身の仕事を求めてやってきた若者ばかり。
夕方から土砂降りの雨。友人の紹介で会うことになった上海在住のTさんと会い、日本人4人で食事をした。
雨が止んだので歩いて帰るが途中でタクシーに乗った。
なかなか帰る気分になれず、南京東路のセンター街を宛ても無く歩いた。
そして1人の男が片言の日本語で話しかけてきた。
どうやら売春カラオケ店の呼び込みらしい。値段は日本円にして3000円。
安い。でも胡散臭い。しかし誘われるがままに着いて行くことにした。
それは人通りの少ない中心街から離れた場所にあった。
店内に案内され、オーナーだと言う女性が片言の日本語を交えながら話しかけてきた。
どこの国から来たのか、ホテルの名前、滞在日数、職業、上海に知人はいるのか。
僕の何かを探ろうとしているような、雑で露骨な質問に怪しげな匂いがプンプンする。
よくある話だ。大体何が起きるか予想はついていた。
しばらくして部屋へと案内され、中国のテレビ番組を見ながらコンパニオンが現れるのを待っていた。
テーブル、ソファ、テレビ、カラオケ機が設置された薄暗い空間。
ドアをノックする音と同時にピンク色のランジェリー姿の女性が入ってきた。
彼女は22歳と言うけれど僕が見る限り20代後半くらいに見える。
名前はリンリー。清楚な感じの素敵な女性だ。
そして彼女は僕のすぐ隣に座った。
この後の展開、僕の身に何かが起きようとしていること、彼女は知っているのだろう。
僕が何かを訊ねても彼女は笑って誤摩化した。
怪しい状況であったとしてもそれ以上に強烈な刺激をもとめていた。
開放された心境にあった。成るように成ればいいと思っていた。
ブルース・リーとかジャッキー・チェンとかキョンシーの話をしていたら
突然リンリーは僕の肩に寄りかかってきた。
とても素晴らしいムード。彼女は僕の胸元に触れた。
互いの服を脱がし合った。彼女の小振りな肩に腕をまわし、ゆっくり抱き寄せた。
唇と唇が触れ、舌の感触が絡み合う。二の腕と、胸元、内側の太もも、
湿り気を帯びた身体、皮膚と皮膚が触れ合って、互いの体温と混じり合う。
背筋に触れた指先は、神経をなぞり、反りあがった背中に乳頭が突き上がった。
その先端を舌の先が絡んで吸い付いた。吐息とともにかすんだ声が溢れる。
どこからともなくロマンチックな言葉が、彼女の脳を包み敏感に刺激する。
溢れでた温もりが柔らかく包み込み、内側に侵入する。
奥深くで交じり合い刹那的に互いの精神を満たす。
彼女が部屋を後にして間もなく、現実は待ち受けていた。
激しくドアを叩く音、突然2人の男が現れた。
彼らは僕に10000元と記載されていた請求書を突きつけた。
日本円にして20万円くらいだ。
もう1人の新人らしき男はドアの前を立ち塞いでいた。
2人はこの値段を当然のような態度で支払いをもとめた。
予想通りの展開ではあったけど、実際この状況になってみると最悪だ。
ひとまず落ち着こうと思って、平然とした顔を装い、煙草に火をつけた。
男は苛立った様子で再び支払いをもとめたが、僕は黙ったまま煙草を吸い続けた。
『おい!はやくこの金を払えよ!』ついに男は声を荒げた。
この状況を打開する手段を考えていた。
リュックサックは嵩張ってるし、2人の男を押し退けて逃げ出すのはあまりにも無謀。
そして僕は閃いた。突拍子の無い意味不明な言動や行動で、気が狂った人格を演じてみよう。
未知なるものや、理解の出来ない物事に、大抵の人は恐怖を見るだろう。
そして僕は拳を握りしめて震わせてみた。
怒りが込み上げ、今にも感情が爆発しそうな演技というより、頭がイカレた男に成りきった。
暫く黙っていた僕が突然そのような行動に出るので、ただならぬ状況に緊張感が高まった。
そして僕は唐突にも、わりと爽やかな顔で “ I have no money. ” と言ってみた。
2人は驚いた。沈黙の後、やや戸惑った表情で ” What ?? ” と中国なまりの英語で訊き返した。
さらに僕はもう一度 “ I have no money !!!! ” と怒声をあげ、テーブルを強く叩いた。
案の定2人とも動揺しているのが目に見えて分かった。さらに日本語で捲し立てたり、
ふと笑顔で親しげになってみたり、自分でも不可解な行動だった。
何を仕出かすか解らない、得体の知れない恐怖。まさに狂ってる。対応のしようがない。
男は負けまいと何か言おうとしたが戸惑いを隠せず、声に張りがない。
扉の向こうで、この状況を見兼ねたのか、さらにもう1人、体格の大きい男が加わった。
と思えば、先ほどの男は部屋から出て行った。新人は変わらずドア前に立ったまま。
どうやらこの店は2人の男がローテーションで現場を回しているようだ。
ともあれ以前にも増して危機的な状況であることには違いない。
この大男に今までのやり方が通じる気はしなかった。
なぜならもう一度、黙りこくるところからやり直さないといけない。
そして新人は一部始終を見てきた。
こんなにデカくて気が短そうな奴を相手に僕が喚き散らしたところで逆効果。
ヘッドバットを一撃でも喰らえば即終了だ。大男は肩を慣らすように両腕をまわした。
首や指の関節を鳴らし、今にも殴りかかろうとしているような感じ。
大男はゆっくりと近寄り、請求書をテーブルに叩き付け、睨みつけながら言った。
『おまえこの店のシステムを知らないのか?』
そして僕は『最初に3000円だけで良いと聞いたから来たんだ』と言うと、
男は『それは飲み物代だ!ばかやろう!』と怒鳴った。
この状況をどう抜け出せばいいのか、なかなか思いつかず追いつめられていた。
こんなやりとりが1時間以上続いた。集中力もなくなって疲れていた。
大男『払う金が無いならどうするんだ?警察呼ぶぞ!おい!どうすんだ?』
冷静に考えると彼らがこんな仕事をしておいて警察なんか呼べるわけがないが、
この時の僕は不安に駆られ警察沙汰はマズいと思った。
そして僕が苦し紛れに出た言葉が、幸運にもこの状況を一変する切っ掛けとなった。
『皿洗いするので勘弁ください!』咄嗟に出た言葉がこれだ。
すると、男の口元が緩んだ。どうやら”皿洗い”が面白かったみたいだ。
占めた!と思った僕は、男が何かを言う度に『お皿を洗いします!』と言って返した。
やはりこの男にとって、“皿洗い”が妙に笑いの感性に触れてしまうみたいだ。
そしてついに男は堪えきれず吹き出してしまった。
新人も笑った。僕も一緒に笑った。そして場の空気が和やかになった。
これが切っ掛けで結局1万円で済んだ。
帰り際にリンリーと目が合った。彼女は笑顔で『またね』と言って手を振った。
僕も『また会おう!』と言って手を振った。
怒ったり笑ったりエッチな気分を味わったり、感情を開放することに生きている実感すらした。
危機的状況から抜け出し、安堵感に浸りながらも、しばらく気分が高まったままだった。
静まり返った上海の夜を宿まで歩いて帰った。





7月2日


1日中ずっと雨が降っていた。近所の食堂で炒飯が100円くらいだった。
韓国ゲストハウスの中国人スタッフが上海でモデル探しに役立つだろうと、
上海のアート関係の編集者、ツァンヤオさんを紹介してくれた。
ずっとメールでやりとりをしながら、僕が上海に着くまでの間にモデルをみつけてくれていた。
撮影場所や日程などの段取りまで組んでくれていた。そして彼女と明日会うことになった。





7月3日


15:00にツァンヤオさんが宿のロビーまで迎えに来てくれることになっていた。
そして彼女はパープル色のハットに黒いワンピース姿で現れた。魔女みたいな格好だった。
僕らは夕食に出掛けるため地下鉄に乗り、彼女のおすすめの上海料理店に向かった。
駅のホームに並んで電車の扉が開いた時、中年女性が僕らの間を押し退けて、座席を確保するために走り出した。
マナーの悪い中年女性に怒ったツァンヤオさんは顔を真っ赤にして中年女性を押し返した。
中年女性はバランスを崩し、ふらついた末に地面に尻もちをついた。
中年女性は悔しそうに中国語で何か吐き捨てるように文句を言い放ち、別の車両に移った。
ツァンヤオさんの怒りはなかなか収まらず、しばらく不機嫌そうだった。
僕はこの状況が可笑しくて笑ってしまいそうになったが、
我慢をして緩んだ顔と口元を引き締め、彼女に共感するように厳しい顔をして見せた。
古い建物が改装されてお洒落なバーやレストランが敷き詰められた中国っぽくないところに連れて行ってもらった。
週末に予定している撮影について話し合った後、近辺を歩いて廻った。
屋台で焼き鳥を買い、ベンチに座って食べた。彼女は昨夜、彼氏と別れたばかりだと言った。
明日もまた上海の街を見せてくれると言って、会う約束をして帰った。





7月4日


14時に衡山路駅でツァンヤオさんと待ち合わせた。
途中から雨が降ってきた。昼食を済ませていなかったので食堂に入った。
ピータンを勧められたので食べたけど、途中から気持ちが悪くなった。
古く趣のあるビルディングのアパートに連れて行ってもらった。
その後、彼女が通う合気道道場に行って練習の見学をした。
それから明日の朝に撮影を予定している中国人男性アレックスと合流し3人で夕食を食べた。





7月5日


当初アレックスの撮影は彼の自宅で行う予定だったが、急遽ツァンヤオさん宅にて行った。
ツァンヤオさんのお父さんが炒飯とスープを作ってくれた。
中華料理は脂っこくて胃がもたれやすいが、ツァンヤオさんの父さんが作る家庭料理は
油をあまり使わない、あっさりとした健康に気を使ったものだった。
女の子の部屋で男のヌード撮影をするというシュチエーションが、なんか変な感覚だった。
アレックスは用事が出来たので、ツァンヤオさんと2人で太極拳道場の見学に行った。
以前ツァンヤオさんに上海で何かしたいことはあるかと訊かれた時、
僕はカンフーが見たいと答えた。そして彼女は太極拳なら知り合いがいるから、
太極拳でも良いですか?と訊かれて、僕はそれでも良いと答えた。
太極拳と言えば老人の健康法というような印象しかなかった。
都会の町並みが広がって見える窓ばりの高層ビルに50㎡程の広さの太極拳の道場があった。
見学のつもりが、練習体験まですることになった。
先生は自ら練習生に技をかけて身体的に感覚で教える。
僕が体験した太極拳を感覚的に説明すると、地球の重力に身を任しながら、その力の反動もまた身体上に受け流す。
人間の能力や範疇を超え、より大きな力と同調するような感じ。
自分の身に何が起きたか思い巡らすことで、より一層体得する。
先生が君はなかなか覚えが早くてセンスが良いと言った。
地球全体のエネルギーの流れに身を任せるような、自然と身体が衝き動かされる感覚。
それを“気”と呼び、流れと一体と化した今まで無意識に経験していたことを改めて知覚するような練習だった。
練習後は先生に呼ばれ中国の伝統的なお茶の作法でお持て成しを受けた。
大木の根の部分を切断して作られた立派な木彫りの茶台に、茶道具一式が並んでいる。
それを数人で囲み、中央には先生が座り、僕らにお茶を注ぎ振る舞った。
ゆっくりと時間をかけて、無駄のない手慣れた所作はまさに美しかった。
ひとつひとつの動きは、ひとりひとりに対して丁寧かつ心を籠めている。
緩やかな時の流れと、お茶の薫り立つ深い味わいが、喉の感触と共に身体の中心から、
隅々まで全体に温もりを持って行き渡る。お持て成しの本来の在り方を学ぶ、贅沢な時間だった。
ツァンヤオさんに上海の若者のサブカルチャーを見てみたいと言ったら、ライブハウスに連れて行ってくれることになった。
明日撮影を予定している女の子と合流し事前に顔合わせをすることになった。
ライブハウスは雑居ビルの最上階にひっそりと目立たず営業をしていた。
会場は2000人くらいは入りそうな中ホールくらいで想像していたよりも広かった。
ロック、パンク、メタル、ポップス、若いバンドが対バン形式で出演をしていた。
どのバンドも曲調に合わせて悪者を演じて振る舞っていたが、観客からの愛され具合や、
それに応える様子は、素直で純粋な人柄が垣間見える穏やかでホッコリするようなライブ演奏だった。
ようやく明日モデルとして協力してくれるツァンヤオさんの友達が到着した。彼女は名前の発音が難しいのでキャットと名乗った。
キャットはずっと不機嫌な様子だった。話しかけても会話に広がりがなく、明日の撮影が少々心配だと思った。





7月6日


午前10時、男性モデルで協力してくれることになったハイボとツァンヤオさんと
市内の駅で待ち合わせた。ハイボはツァンヤオさんの元カレで僕より2つ年上の33歳でハンサムな顔立ちをしている。
普段からジムに通い筋トレに励んでいる。Tシャツから筋肉が浮かび上がっていて、
僕が『すごい筋肉だね』と言ったら、ハイボは『いやこれでもまだまだなんだ』と答えた。
そして僕らはバスに乗ってハイボが住む公共団地まで向かった。
ハイボは団地内ですれ違う近隣の人それぞれに話しかけては挨拶を交わし皆から好かれる気さくな青年だった。
階段を登って4階にハイボの自宅はあった。間取りは1Kの20平米くらいで1人暮らし。
全体的に家具が黒で統一されたシックな部屋。鉄パイプの高台ベッドの下段には洋服掛けや本棚が並んでいて、
画集、美術書、図録、日本の文化やアートについて記述された雑誌もある。
ハイボは水瓜を切って皿に盛り、僕らに差し出してくれた。
そして彼もまた中国伝統のお茶の作法で僕の訪問を持て成し迎え入れてくれた。
準備が整ったところで撮影が始まった。ハイボは躊躇せずに脱ぎっぷりが勇ましかった。
基本的に撮影のポーズなど、その他諸々の指示は極力しないと決めている。
彼は日頃鍛えた筋肉を誇示するように、美術モデルやボディービルダーのように、
身体のラインや筋肉の盛り上がりを作って見せた。
ハイボは次第に気分が高まった。彼自身の“NUDE”から連想する己の世界観を見いだした。
天を仰ぐように両腕を広げ天井を見上げた。そしてゆっくりと目を閉じた。
それはまるで天空から煌びやかな光が降り注ぐ崇高な肉体美の世界、彼のイメージの中でとても美しい世界が広がっているようであった。
しかし彼の思い描いたイメージは、実際この生活感溢れる男の部屋で表現するには少しばかり無理があった。
この現実との差異が何とも言えないシュールを生み出した。
笑みが込み上げてくるものはあるけれど、そこはグッと堪えた。皆それぞれ真剣だ。
当事者の僕がこんな状態では失礼だ。僕もその世界に挑み飛び込むように集中した。
次第に僕も気分は高まっていた。ハイボは洗濯機の上に登り、その状況からしゃがんだ姿勢のまま、筋肉を作って見せてもらった。
何とも言いがたい意味不明な写真が撮れた。みんな真剣だった。そして疲れたので撮影は終了した。
撮影したデータをその場で選んでハイボにあげた。彼は楽しかったとお礼を言ってくれた。
しばらくしてキャットが到着し、昨夜と同様に相変わらず不機嫌そうだった。
きっと彼女は普段からこんな感じなんだろうと思った。
彼女は指示をされることを嫌がったので、僕は受動的で彼女の動きを追うようにしながら撮った。
良い写真が撮れている実感がなかったので、とにかく沢山シャッターを切った。
彼女の選択を全肯定するような姿勢で撮影に挑み、次第に彼女の方から少し変化が見られた。
表情が優しくなった。そしてだんだんと素直になってきたのだった。
意外にもとても可愛らしい女の子だった。それから僕は彼女を可愛い可愛いと何度も言って写真を撮った。
裸になれば、身も心も隠しようがない。すべてを受け入れるようにして撮れたら精神的にも開放される。
撮影後は、僕が以前からカエルを食べたいと言っていたので、みんなが僕のためにカエルのレストランに連れて行ってくれた。
小学生2年生の頃、僕は少林寺拳法の合宿で、管長を筆頭に練習生共々、上海に渡った。
中国拳法と日本に伝来した少林寺拳法の交流演武会で、特別な待遇でオリンピックホテルに招待され、盛大に迎えられた。
会場に入場する際には、アーチを組みながら、中国雑技団の少女達が曲芸を披露し迎えてくれた。
代表同士の挨拶が終わって、僕たちの少林寺拳法の年少組の演武が始まった。
僕らは、エイ!ヤー!と声をあげ正拳突きや、日頃習った型を披露した。
年長組は瓦を割って見せたり、木製バットを蹴り折ったり、全力で日頃の成果を披露した。
続いて、中国拳法の少年の部が始まった。10人程の子供達が列を成し、順番に走り出した。
宙を舞い空中で身体を回転させながら蹴り技を繰り出す。
それを集団で八の字を描くように走り廻り、互いの蹴り技が左右に交差しながら絶妙なタイミングで空中戦が繰り広げられた。
あまりにも大きな実力の差に我々練習生一同、はるばる日本から恥を晒し、
帰りのフェリーの集会で管長は『お前ら恥ずかしくないのか!』と怒鳴った。
僕たち練習生は毎週月水2日間の放課後の練習が憂鬱だった。年長組には虐められるし、
何よりも“ドラゴンボールZ”が練習日と重なっていて毎回見逃してはクラスの話題にもついて行けなかった。
練習生は皆して少林寺拳法を辞めたいと、いつも誰かが口にしていた。
滞在最終日の夜は、ホテルのレストランのカエルの唐揚げを食べて、あまりにも美味しくて感動した。
それを思い出し、僕はツァンヤオさんに以前からカエルが食べたいと言っていたのであった。
しかし彼女が連れて行ってくれたカエルのレストランは、鍋料理専門店で唐揚げとは全く別物だった。
僕の幼少時代のカエルに感動した思い出をリアルに想起するには十分ではなかったが、それはそれで美味しく頂いた。









7月7日


3日連続のヌード撮影もこれで最後。
ツァンヤオさんの合気道仲間シーさんとシェーさんがモデルになってくれた。
2人は27歳の元看護婦。シェーさんの自宅で撮影することになっていて
ツァンヤオさんと人民広場駅で待ち合わせた。シェーさんの自宅は郊外にあり、
最寄り駅から徒歩15分程、真夏の炎天下、汗だくになりながらようやく辿り着いた。
同じような新しい高層マンションがいくつか並んでる。
エレベーターで随分上の方まで昇った。エレベーターホールから眺めの良い景色が広がっている。
シェーさんが玄関の前に待っていて笑顔で迎えてくれた。
暫くしてシーさんも到着し、女性3人が北京語で会話が始まり盛り上がっていた。
何となく居心地が悪かったけど、撮影に集中するため準備に取りかかった。
シェーさんの撮影は彼女の寝室ですることになった。
彼女は既婚者らしい。彼女の部屋にはキングサイズのベッドが部屋の真ん中にある。
ヌード撮影は夫には内緒だけど問題はないと彼女は言った。
部屋にはウェディングドレスを着た彼女が旦那さんと幸せそうに寄り添った写真が大きく飾られている。
上海女性は男性よりも気が強い。不倫も珍しくはないらしいというのは誰かから聞いたことがあった。
カメラに向ける眼差しは妖艶に誘っているように見えた。いけないことをしている気分になってくる。
そしてシーさんが加わって2人組で撮影した。2人は仲が良い。
シェーさんが姉でシーさんは妹のような関係。シーさんはどこか無邪気で幼い印象がある。
写真の写り方がとても純粋だと思った。彼女は写真で良く見せようと演じて写されることよりも、
自分自身の裸を、ありのままに写されることを望んでいるようであった。
わざわざカメラの前で裸になり、写真に写されることには人それぞれ理由がある。
言葉は通じないけど撮影を通して沢山のことを共感し語り合うような撮影だった。
上海の女性は欲望に忠実で内側から輝くような美しさがある。刺激的な撮影だった。
これで上海で予定していたヌード撮影は終わった。





7月8日


連日、初対面の人と会っていたので疲労が溜ってる。近くのカフェで諸々の作業しながら過ごした。




7月9日


あてもなく歩く。街の写真を撮る。記念写真を撮ってくれと頼まれたカップルに、
お茶でもしないかと誘われたけど、いろいろやることがあったので断った。





7月10日


中国と言えばパンダなので上海動物園に行った。
子供の頃から旅行は好きじゃなかった。どちらかと言えば地元が好きで長距離の移動は特に嫌った。
有名な遺跡や建造物も美術館も退屈に感じてしまう方で、美しい景色にすらそんなに感動しない覚めた性格だ。
映画、小説、漫画で感動して涙を流すこともなく、本当は女性と話しをするのも得意じゃない。
小学生の頃は公園で、木登りや昆虫採集、ブロックを組み立てて遊んだり、よく喧嘩をする方だった。
自分から他人に話しかけたり、会話を楽しむような性格ではなかった。
それが写真を始めると、真逆の性格を持つようになった。そんなことを考えながら街の写真を撮り歩いた。





7月11日


街の写真を撮る。地元の人しかいないようなエリアを歩いた。




7月12日


ツァンヤオさんに勧められた現代アートの施設に行った。
一日中ずっと土砂降りの雨が降っていた。





7月13日


明日の早朝出発のフライトで台湾へ発つ。宿から荷物をまとめてチェックアウト。
17時30分、ツァンヤオさんとハイボと人民広場駅で待ち合わせた。
上海滞在の最終日なので2人が僕のために中華風しゃぶしゃぶ店に連れて行ってくれた。
広い店内も満員で冷房がまったく効かないくらい湯気で蒸し暑くなっていた。
1つの鍋が辛口と甘口のスープに分けられている。どの料理も味が濃い口なので食べきるのが大変だった。
2人は本当に心優しい中国人だ。何の見返りも求めない。なぜ知り合ったばかりの日本人にここまで良くしてくれるんだろう。
駅まで見送ってくれて空港までの切符を買ってくれた。ツァンヤオさんは別れを惜しんで涙ぐんでいる。
また会いたいと思った。今後もずっと良い関係が続いていくような気がした。もっと彼らのことを知りたいと思った。
空港で翌朝のフライトまで待とうと思っていたが、近くに空港までの送迎サービスのあるホテルがあるらしいので、
そこで一泊することになった。安宿ではないけど冷房の効いた1人部屋が快適だった。
当初、台湾には行かず香港に行くつもりだった。台湾の物価もそんなに安くないと聞いていたし旅のルートに入れていなかった。
日本の友人が、妊婦の台湾人モデルを紹介してくれた。撮影を希望をする人がいるなら予定を変更し台湾行きを決めた。
台湾人のモデル希望者と撮影の詳細などメールで話し合っていた。





7月14日


早朝5時、ホテルロビー前に集合。シャトルバスに乗って空港へ向かった。そしてモデルを希望する女性からメールが届いた。
旦那がやっぱりヌード撮影はしてほしくないとのことで、撮影をキャンセルにしてほしいという内容だった。
という訳で、台湾に行く理由が無くなってしまった。そして僕はよく分からない気分で飛行機に乗り込み、台湾へと飛び立った。